ギリシャ

ギリシャ旅行 シロス島

市内から地下鉄でピレウスまで行って、そこからフェリーに乗ります。

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結構大きな港なので、自分が乗るフェリーを見つけるのは結構大変です。チケットはインターネットで予約できますが、ここにあるオフィスに行って、発行してもらわなくてはなりません。なんとか港内のフリーシャトルを見つけてフェリーに辿り着きました。ここからフェリーに乗る人は時間に余裕を持って行くのがお薦めです!

アテネからシロス島は、フェリーで2時間半ほど。

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フェリーはこんな感じ。豪華なんでびっくり!歩いていると結構揺れを感じますが、座ってれば快適な旅。

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シロス島は、ミコノスやサントリーニのように有名ではないけれど、逆に外国人向けの観光化があまり進んでいないのが魅力です。

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ギリシャ正教の国としてはめずらしく中世からカトリック教徒が多く住んだ島アで、カトリックの教会が多く見られます。

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この島で学会があったので、Donちゃんは4日間忙しくすごし、私はひたすらのーんびり過ごしました。

ちょうどサッカーが盛り上がってた頃だったので、夜になるとみんなカフェで大きなスクリーンを見ながら観戦してました。

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ホテルの目の前の階段を降りていくと、こんなカフェがあって、みんなすぐ横のプラットフォームから海に飛び込んで泳いでいます。Donちゃんも毎日午後泳いでました。私も何度か勇気を出してみたけど、5分が限度。水が・・・冷たくて・・・!!でも気温は高いので、ここのカフェに座ってると水に飛び込みたくなる気持ちはわかります。水もきれいだし、ギリシャの夏はやっぱり海なんだなーと実感。

ギリシャ旅行 アテネ(3)

モネムヴァシアの次はDonちゃんの学会があるシロス島が目的地だったんだけど、一日で移動するのが不可能なので、またアテネに戻って一泊しました。

モネムヴァシアからアテネまではバスで約6時間!アテネまでノンストップのエクスプレスバスもありますが、それは朝7時半発なのでやめました。その次のバスはお昼頃出発。高速バスはそれなりに快適なので、私は爆睡。

この日はDonちゃんの誕生日だったので、初めてアテネで泊まった、ちょっと高いホテル、Athen's Gate Hotelにまた一泊しました。

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ギリシャのホテルのアメニティにはシャンプーとシャワージェルはついていても、コンディショナーはついていません(ギリシャを旅行する女性は要注意!)。このホテルは旅行中唯一コンディショナーがありました。ありがたくいただいてきました。


荷物を置いて、すぐにプシリ地区で前に見つけたお気に入りのタベルナへ。その後向かいにあるカフェで、Donちゃんは待望のデザートを注文しました。

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カスタードとクリームがてんこ盛りのデザート、アイスクリーム添え


信じられない大きさ、半端じゃない甘さのデザート。さすがのDonちゃんも途中でギブアップ(己の限界を知る)。ギリシャのスイーツはなんでこんなに甘いのか。

しかし横ではお盆(皿ではない)いっぱいのデザートを、大の男が2人くらいで食べていたのでした。

翌日。Athen's Gate Hotelの朝食は眺めのいい屋上レストランで。

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ホテルの屋上レストランからゼウス神殿を見下ろせます。反対側はアクロポリスが見えます。

ここからいよいよ島に向けて出発します。

ギリシャ旅行 モネムヴァシア(3)

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モネムヴァシアで泊まったのは、この岩にあるB&Bでした。ほんとはちょっと高いんだけど、まだハイシーズンになるちょっと前だったので、大幅にまけてくれました。

世界遺産の町の中に泊まるなんてめったにできることではないので、モネムヴァシアに行ったら、本土のほうではなく、ちょっと不便ではあるけど(入り口から車は入れないので、石畳の道や階段を荷物をかかえて歩いていかなくてはいけない)、こちらの岩の方に泊まるほうをおすすめします。

B&Bといっても、泊まったところはオーナーの家とは別の小さなアパートで、かわいらしいキッチン付き!コーヒーや紅茶もついてる!鍋やザルもあるし、パスタくらいなら作れそう。
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連日の外食に少し飽きてきたところだったので、さっそく本土のスーパーで食材を買いに行きました。

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適当なフェタチーズを買おうとしたら、スーパーのおじさんが「こっちのギリシャ産のにしときな」とすすめてくれたので、それにしました。

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パスタとサラダのささやかな夕食。でも久しぶりの手作りごはんはやっぱりほっとしました。
テーブルといすを外に出して、ガスランプをつけて食べました。世界遺産の町の中で、古い教会を目の前にして、ロマンチックでしょ!Donちゃんはこういうのが大好きだから。

次の日の朝ごはんはB&Bのオーナーのお家で。

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前の晩に隣のアパートに泊まってる人たちを見たので、「あれ、朝ごはんは私たちだけ?」と聞いたら、オーナーが「ああ、もう一組泊まってるけど、ギリシャ人だから、朝ごはんはたばことコーヒーだけでいいの。だから世話なしなの。」ということでした。そっかー。朝からこんなにしっかり食べるのは外国人だけなんだー。外国人客は手間がかかるんだな。

ギリシャ人は朝早く起きて、昼は1時くらいからゆっくりお昼を食べて、お昼ねして(12時から4時くらいまでお店は閉まっている)、晩御飯は9時くらいからゆっくり食べ始めるのです。そんなに夜遅く食べたら、普通は朝ご飯は食べられないのかも。でも活動するのは暑くない時。暑いときは活動しない、という気候にあった生活習慣なんでしょうね。

オーナーによると、ここに住めるようにするには、まず土地を買って、それから考古学者が来て、掘り起こして調査をするのでものすごく時間がかかるそうです(5年とか)。やっと家を建てる許可がおりたら昔の家の敷地どおりに建て直さなくてはならないんだそうです。で、窓をちょっと大きくするにも許可を得るのに半年かかるんだとか。でもそのおかげで昔ながらの景観が保たれていて、ほんとに素敵でした。

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右の建物が泊まったアパート。夜、外を歩くには懐中電灯が必要です(そこらじゅうにある発掘中の穴に落ちかねないので)。

ギリシャ旅行 モネムヴァシア(2)

ここ2日くらい、アップロードできない日が続いてます。書いては消され、書いては消され・・・ドリコム、なんとかしてくれ。

がんばって再度挑戦。

えーと、モネムヴァシアの続きです。

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これは町の広場。崖の上の方にあるのが上の町です。


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上の町はほとんど廃墟です。

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唯一たっているのはAgia Sofia教会。この上の町はすごく風が強かったです。

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右の方に見えてるのが上の町と下の町を繋ぐ石畳の道


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下の町も海に面したところは城壁でしっかり防御されています。

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この岩には6世紀くらいから、蛮族から逃げてきた人が住むようになり、13世紀ビザンチン帝国のモレアではミストラが政治、文化の中心で、ここが商業の中心でした。ミストラとモネムヴァシアは同時代に栄えていたわけですね。

その後フランク族、ヴェネツィア、トルコに支配されるようになったのですが、18世紀のトルコ人の手記に、モネムヴァシアについて、『この町には何でもある。水以外は。』とあるそうです(Lonely Planetより)。今でこそ本土からパイプで水をひいているけど、昔はどうやって水を得ていたかというと、雨水をためて、地下貯水槽に貯めてたんだそうです。古い家は今でもちゃんとそれが残っています。

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水だけはよそ者には一滴もあげなかったんだそうです。

ギリシャ旅行 モネムヴァシア(1)

ギリシャ旅行の続きです。

ミストラで2泊した後、3日目はバスでスパルタまで行き、そこからΜονεμβασιά(Monemvasia)へバスで移動。モネムヴァシアはペロポネソス半島の南の端っこにあります。

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半島からこの岩まで、今では一本の道が通っていますが、昔は浮き橋だったんだそうです。ここからの眺めではこの海に突き出た岩に町があるなんて想像もできません。

この道の終点、岩にぶつかったところに入り口があります。車やバイクが入れるのはここまで。

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Monemvasiaとは、一つの入り口(moni=single, emvasia=entry)という意味。ここからしか町へは入れません。

ここからL字型になったトンネルを抜けると、いきなりかわいらしいメインストリートが現れます。

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メインストリートといっても狭い石畳。お土産屋さんやレストランやカフェが並んでます。

モネムヴァシアは下の町と上の町があります。

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岩にへばりつくように造られた下の町。

ギリシャ旅行 ミストラ(2)

ディミトリオス教会は1200年に建てられ、15世紀に大きく改築されています。柱廊と中庭を持つ美しい建築物です。
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中に入ると・・・

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双頭の鷲!ビザンティン帝国のシンボル!


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ここで、かの東ローマ帝国最後の皇帝、コンスタンティヌス11世が戴冠したのです!そしてここからコンスタンティノープルへ発ったのでした。

塩野七生によるとこのコンスタンティヌス11世は、
『痩せ型にしても均整がとれて背が高く、細面の彫りの深い顔は、暖かい眼とあごひげで、威厳を保ちながらも人間味にかけていない。このコンスタンティヌスが、紅の大マントを風になびかせながら白馬を駆る様は、・・・・いにしえのローマ皇帝もかくやと、ほれぼれするようだった。性格も、清廉潔白で誠実そのもの。・・・』(『コンスタンティノーブルの陥落』新潮文庫p.55)

あのコンスタンティヌス11世がここで戴冠したときに、まさか自分が最後の皇帝になろうとは思ってもいなかったでしょう。コンスタンティノープル陥落の際に、最後は自ら剣を抜いて闘った場面を想像すると、感無量です(って塩野七生の読みすぎ!)

ミストラもコンスタンティノープル陥落後7年で、オスマントルコの手に落ちます。

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住居や宮殿がほとんど廃墟なのに比べて、教会は修復されているのか原型をとどめているものが多く、中のフレスコも見ごたえがあります。

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この辺りは当時商人達も行き来していた下の町です。

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当時の水汲み場。今でも水が出ます。


ミストラの町全体をじっくり見たので、朝9時頃から午後4時くらいまで炎天下を歩きました。ものすごく疲れます。水を携帯しないと大変です。なお、出口を出てもタクシーもバスもないので、麓まで歩くしかありません。2kmくらいなので歩けない距離ではありませんが、またもやヒッチハイクで親切なギリシャ人に助けてもらいました(ヒッチハイクやりすぎ・・・)。

この日の夕方はぶらぶらと散歩がてら1km離れた隣の村に歩いていきました。タベルナがあったのでそこで夕飯にしました。

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このタベルナの庭にもミストラの町の中と同じように湧き水が流れていました。お店の人はここから水指しに水をいれ、サーブしてくれました。おいしい水です。

ギリシャ旅行 ミストラ(1)

ナプフリオンの次の予定地はミストラでしたが、ここへの移動は大変でした。

ナプフリオンのバスターミナルのおばちゃんに、ミストラに行くと言うと、「そういうバスはない」の一言。せめてどうやって行ったらいいのか教えてくれればいいのに。辛抱強く聞くと、とりあえずトリポリまで行って、そこで聞けと言われました。トリポリから何時にバスが出るとか、そういう情報はまったくなし。

ギリシャのバスはKTELという市営の組織がやってるんですが、各地域が勝手に運営してるので、まったく統括されていません。全国のバススケジュールみたいなものはどこにもないし、バスターミナルで聞いても、行き先のバスターミナルで聞くしかわからないと言われます。観光大国なのに、どうして!?バスの行き先もギリシャ文字で書いてあるので、読めないと乗り損ねます。

とりあえずトリポリまでバスで行きました。そこからスパルタ行きのバスにのれば、スパルタからミストラはすぐ近くなのでなんとかなりそうです。ところがその途中、おばさんがなんだかがーがー運転手さんに怒鳴ってます。何が何なのかわからないけど、とにかくそのおばさんもスパルタに行きたいらしい。でもトリポリにバスが着くとそのターミナルからはスパルタ行きのバスは出ていないということがわかりました。みんな英語がよくわからない人たちばかりなんだけど、とにかくスパルタに行くなら、あの怒鳴っているおばさんについて行けと言われました。で、おばさんはがんがん歩き出しました。

こういう風に、バスのターミナルがいくつかあって、行き先によっては同じターミナルで乗り継ぎできないこともあります。そういう情報はどこにも書いてありませんが。

で、あてどもなく荷物を引きずりながら歩いていると、タクシーが寄ってきて止まり、おばさんに話はじめました。なにやら私たち3人をタクシーに乗せて、スパルタまで行っておばさんをおろし、ミストラまで行ってやるとのこと。値段はおばさんにはいくらと言ったのかしらないけど、私たちは2人で45ユーロ。う?ん、これはきっとものすごく高かったに違いないけど、おばさんが納得してタクシーに乗ってしまった以上、ターミナルに行ってくれる人はいないし、そこからスパルタ行きのバスを何時間待つのかもわからないし、スパルタからミストラ行きのバスにまた乗り継ぎがあって、これもどれだけ待つかわからないし、しかたなく手を打つことにしました(ギリシャのタクシーは乗り合いが普通)。

さすがタクシー。ものすごい速さで飛ばして山を越えます。トリポリからスパルタまで、結構道のりがありました。スパルタの街を少し通りましたがスパルタ自体は何の面白みもない街のようで、かつての栄光は少しもみられません。ミストラ観光にはスパルタに泊まって、バスで行く人が多いけど、スパルタに泊まらなくてよかったと思いました。

スパルタからミストラまでは来るまではあっという間でした。背に腹はかえられない選択でしたが、ギリシャのバス旅行の不便さを思い知った経験でした。まあそのおかげでだいぶ早くミストラに着いたので、夕飯までゆっくり散歩したりすることができました。

で、ミストラです。

ミストラは世界遺産に登録されているビザンティンの廃墟の町があります。標高600mの山の斜面に造られた町で、一番高い所に城塞が、中腹部分には王宮やビザンティン帝国の地方総督たちの屋敷が、下の町には証人たちも住んでいて、いくつもの教会がありました。1249年にアカイヤ公によって建てられたのが始まり。その後ビザンティン帝国が奪い、モレア専制公領として発展。14?15世紀にかけて繁栄し、「オリエントのフィレンツェ」と呼ばれたそうです。

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ホテルの窓から見える景色。ミストラのホテル・ビザンティオンはちょっと古いけど、プールもバルコニーもあって、朝からミストラの町を歩いて廻るには最適です。

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まずは上の入り口まで行って下に向かって降りてくる予定でしたが、ミストラの町はあまりにも小さく、タクシーがない。とりあえずバスが来たので乗ったら、下の入り口付近で終点になってしまいました。で、途方にくれていたのですが、思い切ってヒッチハイクしてみると(!)なんとカナダ人の男性とミストラ出身の奥さんのカップルが車で通りがかり、親切に上の入り口まで送ってくれました。ありがたや。

さっそくがんばって城塞まで登りました。

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カストロ


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屋敷址


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宮殿は修復作業中。当時の規模が偲ばれます。


さあ、ビザンティン帝国といえばあなた!塩野七生ファンにはたまらない場所がでてきますよ?!

ギリシャ旅行 ミケーネ

ナプフリオンからはバスで1時間ほどでミケーネの遺跡に行くことができます。

ミケーネ文明といえば、紀元前16世紀から前12世紀の話です。ホメロスの描いたトロイヤ戦争の英雄伝説に出てくるミケーネが、シュリーマンによるこの遺跡の発掘で、実在したことが証明されました。

かつて「黄金に富むミケーネ」とうたわれたほど繁栄していたそうです。遺跡から想像するのは難しいけど、アガメムノン(トロイヤ戦争のギリシャ側総指揮官)のマスクとシュリーマンが思った(実はアガメムノンの物ではなかったらしい)黄金のマスクなどが発掘されています(アテネの考古学博物館に展示されています)。

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獅子の門


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円形墓地


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何しろ紀元前14?13世紀の話ですから、気が遠くなります。日本じゃまだ縄文時代。竪穴式住居に住んでた石器時代。この頃すでに農業や牧畜が発達し、貿易活動も活発で、植民地までもっていたんだから驚きです。

この日もものすごーく暑くて、遺跡前のバス停の売店は大繁盛してました。絞りたてオレンジジュースは感動するおいしさ。ギリシャの遺跡見物では水分補給に気をつけないと日射病になるので気をつけましょう。

ギリシャ旅行 ナフプリオン(2)

ギリシャといえば海!

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ホテルから坂道を下って歩いていくこと3分で小さなビーチに到着!水があれば入らなければ気がすまない水棲動物Donちゃんはさっそく泳ぐ。というか浮かんでる!

私は水が冷たいので2分でギブアップ!こういうビーチにはよくカフェがあるので、そこで待ってました。

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この一見アイスコーヒーに見える飲み物は、カプチーノ・フレッドです。でもね、このミルクの部分が変!いくら混ぜても分離しちゃうんです。変に泡だってるし。このミルクの部分はオランダのNOYNOYという商品(日本のクリーマーみたいなもの)らしいです。全体に茶色で泡っぽいフラッペという飲み物もギリシャではたいそう人気でした。私はカプチーノ・フレッドほぼ毎日飲んでました。

ナプフリオンにはイタリア人が経営するおいしいジェラートのお店があります。行くことがあったらぜひAntica Gelateria di Romaに行ってみてください。(住所:3 Farmakopoulon St)

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ギリシャの晩御飯はみんな9時頃ようやく食べ始めるという感じです。タベルナという、伝統的なギリシャ料理のお店は、レストランよりカジュアルで気軽に入れます。夏はみんな外で食べます(室内は暑い!)。どのお店も道路にテーブルを並べてます。

ギリシャ旅行 ナプフリオン(1)

6月16日はナプフリオン(Ναύπλιο)に移動。バスで2時間半かかります。ギリシャのペロポネソス半島を移動するにはバスしかありません。鉄道はテッサロニキなど、北部に行くときだけ。アテネのバスターミナルは地下鉄で行けないのでちょっと不便です。しかもまったくオンライン化されていないので、事前にスケジュールがわからない。乗り継ぎを調べたくても、その駅まで行かないとわからないと言われる始末。移動の手段がバスしかないんだから、もうちょっとちゃんと整備してもよさそうなものなのに・・・

まあナプフリオは直行便が頻繁に出ているので問題ありませんでしたが・・・

途中コリント運河を通るなあ、と思っていたら、突然運河をバスが渡っていて、写真を撮るひまもありませんでした。観光バスならとまって写真を撮らせてくれるんでしょうが、普通のバスなのであっという間に通り過ぎてしまいました。映像はこちらを参考にしてください。

さてナプフリオンに行くというと、アテネの人はみんな、「そりゃいいね?」と言っていました。何がいいのかガイドブックを読んでもいまいちわからないので、期待せずに行ってみましたが、ホテルにむかって歩いていくと、いきなり入り口付近にこんな紋章が!

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ああっ!この翼を持つライオンは!!!!!!!


そうなのです。アルゴリオス湾に突き出た岬をもつナプフリオンは1388年にヴェネツィアに売却されて以来、150年間、ヴェネツィアの支配下にあったのです。

塩野七生ファンとしては、ヴェネツィアと聞いただけでわくわくしてしまうのです。

ギリシャのこんなところにまで・・・やるわ!ヴェネツィア人!さすがよ!ヴェネツィア共和国!

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残っているいくつかの要塞はヴェネツィア人が築いたもの。

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海に浮かぶブルジイ島の要塞


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岬の一番高いところにあるパラミディの城跡。城塞建築の傑作。1686年?1715年にかけてつくられました。でもこの頃にはヴェネツィアはオスマントルコに地中海の制海権をおさえられているのにどうして?

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1812年に始まったギリシャ独立戦争では、トルコ軍に降参するまで、ギリシャ軍がここに15ヵ月篭城した所です。

今でこそ遠回りで道路ができていて車のアクセスが可能ですが、昔は簡単にはアクセスできなかったであろうことがよくわかります。
行きはタクシーで城塞まで行き、帰りは歩いて降りてきました。

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ふう、疲れた。
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