ナプフリオンの次の予定地はミストラでしたが、ここへの移動は大変でした。

ナプフリオンのバスターミナルのおばちゃんに、ミストラに行くと言うと、「そういうバスはない」の一言。せめてどうやって行ったらいいのか教えてくれればいいのに。辛抱強く聞くと、とりあえずトリポリまで行って、そこで聞けと言われました。トリポリから何時にバスが出るとか、そういう情報はまったくなし。

ギリシャのバスはKTELという市営の組織がやってるんですが、各地域が勝手に運営してるので、まったく統括されていません。全国のバススケジュールみたいなものはどこにもないし、バスターミナルで聞いても、行き先のバスターミナルで聞くしかわからないと言われます。観光大国なのに、どうして!?バスの行き先もギリシャ文字で書いてあるので、読めないと乗り損ねます。

とりあえずトリポリまでバスで行きました。そこからスパルタ行きのバスにのれば、スパルタからミストラはすぐ近くなのでなんとかなりそうです。ところがその途中、おばさんがなんだかがーがー運転手さんに怒鳴ってます。何が何なのかわからないけど、とにかくそのおばさんもスパルタに行きたいらしい。でもトリポリにバスが着くとそのターミナルからはスパルタ行きのバスは出ていないということがわかりました。みんな英語がよくわからない人たちばかりなんだけど、とにかくスパルタに行くなら、あの怒鳴っているおばさんについて行けと言われました。で、おばさんはがんがん歩き出しました。

こういう風に、バスのターミナルがいくつかあって、行き先によっては同じターミナルで乗り継ぎできないこともあります。そういう情報はどこにも書いてありませんが。

で、あてどもなく荷物を引きずりながら歩いていると、タクシーが寄ってきて止まり、おばさんに話はじめました。なにやら私たち3人をタクシーに乗せて、スパルタまで行っておばさんをおろし、ミストラまで行ってやるとのこと。値段はおばさんにはいくらと言ったのかしらないけど、私たちは2人で45ユーロ。う?ん、これはきっとものすごく高かったに違いないけど、おばさんが納得してタクシーに乗ってしまった以上、ターミナルに行ってくれる人はいないし、そこからスパルタ行きのバスを何時間待つのかもわからないし、スパルタからミストラ行きのバスにまた乗り継ぎがあって、これもどれだけ待つかわからないし、しかたなく手を打つことにしました(ギリシャのタクシーは乗り合いが普通)。

さすがタクシー。ものすごい速さで飛ばして山を越えます。トリポリからスパルタまで、結構道のりがありました。スパルタの街を少し通りましたがスパルタ自体は何の面白みもない街のようで、かつての栄光は少しもみられません。ミストラ観光にはスパルタに泊まって、バスで行く人が多いけど、スパルタに泊まらなくてよかったと思いました。

スパルタからミストラまでは来るまではあっという間でした。背に腹はかえられない選択でしたが、ギリシャのバス旅行の不便さを思い知った経験でした。まあそのおかげでだいぶ早くミストラに着いたので、夕飯までゆっくり散歩したりすることができました。

で、ミストラです。

ミストラは世界遺産に登録されているビザンティンの廃墟の町があります。標高600mの山の斜面に造られた町で、一番高い所に城塞が、中腹部分には王宮やビザンティン帝国の地方総督たちの屋敷が、下の町には証人たちも住んでいて、いくつもの教会がありました。1249年にアカイヤ公によって建てられたのが始まり。その後ビザンティン帝国が奪い、モレア専制公領として発展。14?15世紀にかけて繁栄し、「オリエントのフィレンツェ」と呼ばれたそうです。

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ホテルの窓から見える景色。ミストラのホテル・ビザンティオンはちょっと古いけど、プールもバルコニーもあって、朝からミストラの町を歩いて廻るには最適です。

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まずは上の入り口まで行って下に向かって降りてくる予定でしたが、ミストラの町はあまりにも小さく、タクシーがない。とりあえずバスが来たので乗ったら、下の入り口付近で終点になってしまいました。で、途方にくれていたのですが、思い切ってヒッチハイクしてみると(!)なんとカナダ人の男性とミストラ出身の奥さんのカップルが車で通りがかり、親切に上の入り口まで送ってくれました。ありがたや。

さっそくがんばって城塞まで登りました。

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カストロ


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屋敷址


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宮殿は修復作業中。当時の規模が偲ばれます。


さあ、ビザンティン帝国といえばあなた!塩野七生ファンにはたまらない場所がでてきますよ?!