デュースブルグは私が大学時代に留学していたデュッセルドルフの隣にある街。ルール工業地帯って地理の時間に習いましたね?そこにある工業都市です。観光地では全然ないので日本人は留学生くらいしかいなかった。「ドイツのどこに留学したんですか」と聞かれて「Duisburg」と答えると、ドイツ人は「なんでまたそんなつまらないところで?」と聞く。悪かったねえ、つまらない所で。でも私にとっては心の故郷なのよ。

デュースブルグには運河に河港があって、工業もそれなりに発達したが、その役割もなくなった今、人口は減っているんだそう。でも最近は昔の倉庫を改装しておしゃれなエリアに変身させたりして、なんとか街ごと活性化しようとしていた。

ここでも19年前に留学中お世話になったN先生(通称パパN)と奥さんのKのうちを訪ねる。Kは私のドイツの母とも呼べる人だが私がそう言うと「娘なんかこれ以上欲しくない」と言う。学生寮が決まるまで少しの間住まわせてもらったり、クリスマスに呼んでくれたり、時間があれば週末出かけて行って、おしゃべりしていた。

今思うとずいぶんこのお家でも影響をうけたと思う。政治に無関心ではいけないこと。消費者として国際問題に参加できるということ(あのころKは南アフリカからの果物なんかは絶対買わなかった)。リサイクルをきちんとするということ。

そして今回もKのドイツの主婦の底力を見た。「流しを磨け。」これは流しをいつもピカピカに磨いていれば、他のニころの汚れもすぐ目について、さっと掃除をするようになるという教訓。「一日27個のものを捨てよ。」これはアメリカのカリスマ主婦かなんかが言ってたらしいけど、Kはこれを実践してうちがすっきりしたと言っていた。27個ってなかなか大変だけど、ちょっと見回してみたり、冷蔵庫なんかあけたらすぐにできそう。I子さんも言ってたけど、ドイツの主婦は昼ごはん前にもうすっかり掃除を完了してしまうんだそうだ。しかも窓拭きだって、日本みたいに大掃除のときだけじゃなくて、普段からぴっかぴかだ。(北カリフォルニアにいるTっこちゃんはドイツでも通用するだろうと思った。)

私の前にも後にも非常識な日本人交換留学生やら研究員らが散々お邪魔して迷惑をかけたにもかかわらず、私の留学が終わった後もKは19年間クリスマス/新年と誕生日の年に二回必ず、昔は手紙、その後はFAXで一筆書いて送ってくれてた。こういう律儀さが私がドイツ人が好きな理由の一つだ。今年になってKはEメールを使えるようになり(彼女の名誉のために言っておくが、今まで使えなかったわけじゃなくて、使うのを拒否していたのだ)、頻繁にやりとりができるようになってうれしい。

私はKと居間のテーブルや庭でSolitaireを散々やって、いろいろおしゃべりして昔のように過ごした。
三日目の午後にDonちゃんがヘルシンキの学会を終えて合流。

b7c10711.jpg

Donちゃんはドイツではアルコール・フリー・ビールがお気に入り