2007年05月

見られてる観光客

つい最近ニュースで、ヨーロッパのホテル関係者15,000人に聞いたアンケートによると、世界で一番歓迎される客は日本人だということです。

日本人が1位にランクされたカテゴリーは「行儀がいい」「礼儀正しい」「もの静かでつつましい」だそうで。

羽振りのよさという点では1位アメリカ人、2位ロシア人、3位イギリス人。

イスタンブールでお世話になったTM子さんは旅行関係者だから、これまでいやというほど団体旅行をする日本人を見てきたわけですが、格安パッケージで来るお客さんはやっぱり羽振りが悪い、というかケチ。レストランでも水をボトルで注文してそれをテーブル全体でシェアしたりして、レストランの印象も悪くなるんだそう。

まあね、ヨーロッパなんか特にユーロが強くて物価がむちゃくちゃ高いとは思いますけどね。こういうニュースを見たりすると、はっとさせられますね。サービスしてくれる側も人間ってことです。

お土産屋さんで値切るのも楽しいコミュニケーションのうちだけど、これも場所によるかな。お土産屋さんはみんなぼったくっていると頭にたたきこんで、何が何でも値切る観光客にはなりたくないですね。特に東南アジアの物価の安い国で、現地の人には考えられないようなお金を持ってる人が1ドル2ドルに目くじらたてて値切るのはどうなんでしょう。

「ファッションセンスがない」のは1位アメリカ人、2位イギリス人。

これもね、難しいですね。旅行中はたくさん歩くだろうからって動きやすい、楽な格好と思うとついカジュアルな服装になっちゃうけど、これでおしゃれするのって相当難しい。

でも、そういえば私も飛行機の中でアメリカ人がみんなジャージなの見るとこれはいかがなものかと思いますね。まあ通りすがりの人なんだけど。。。

でもね、特にヨーロッパとか、みんなおしゃれだし、ちょっとしたレストランで服装があまりにもカジュアルだとほんと悲しくなります。これは学生の頃にイタリアに行ってつくづく感じました。あのころは学生だったからしかたなかったんだけど。

大人が旅行するなら日常からかけ離れたところにいるんだからここぞとばかりおしゃれをするチャンスだと思うといいんでしょうね。とりあえず自分の大好きな服を着るとか。靴はね、難しいけど私も研究してます!歩きやすくてドタ靴でないものを探してます。

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最悪の観光客は1位がフランス人、2位がインド人、3位が中国人で4位がロシア人だって。フランス人がワーストNo.1の理由:現地の言葉を話そうとしない。態度が大きい。カネ払いも悪い。ローカルフードに興味を示さない!

「騒々しい」1位はイタリア人!あはは!2位はアメリカ人
「クレーム、不平が多い」1位アメリカ人、2位ドイツ人、3位イギリス人。
反対に「クレーム、不平が少ない」1位日本人!でもこれって言葉の問題もあるよね。

そう。確かに日本人観光客ってどこでもすっごく楽しそう。ヴェニスでゴンドラに乗って、船頭さんが歌ってくれると体を揺すって楽しそうに聞いているのはみんな日本人。

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「部屋をきれいに使う」1位ドイツ人、2位日本人、3位スイス人。納得!
ちなみに「部屋を汚す」1位イギリス人、2位中国人、3位アメリカ人。

なんですってよ!

ロードス島

今回はDonちゃんの学会がイスタンブールではなくマルマリスでありました。行く前に地図を見たらロードス島がすぐそこ!これはもう行くしかない!と決めて、急いで私も国内線の切符をTM子さんに手配してもらいました。

マルマリスはイスタンブールから飛行機で1時間ちょっとのダルマンへ飛んで、そこから80kmくらいのところにある海岸に沿ったリゾートの街です。Donちゃんが学会に出ている間、私は一人でそこからロードス島へ行きました。マルマリスからはフェリーで1時間ほどでロードス島へ。ロードス島は現在ギリシャ領なので、いちおう出国手続きなどがあるので1時間前には船着場に行かなければなりません。

フェリーの中で塩野七生の『ロードス島攻防記』をよみふけっていました。

病人に奉仕することから始まった1306年にパレスティナを失った聖ヨハネ騎士団がビザンチン領であったこの島をジェノバ人と攻略。以降奴隷にされたキリスト教徒を救うという名目でトルコの船を襲う海賊業と、病院経営(無料)この島を支配していました。

『十三世紀末に西欧キリスト教勢がパレスティーナを完全に失って以来、しばらくの間は聖地巡礼も途絶えていたが、まもなく、ヴェネツィアをはじめとする西欧諸国は、聖地巡礼を目的とする団体旅行の企画をはじめる。イスラム教徒のほうも、地中海にキリスト教徒を追い落としたことで目的は達したのだし、巡礼の落とすカネに無関心ではいられない。妥協は成ったのである。西欧とパレスティーナの間を往復するようになった巡礼船の、パレスティーナに近く、しかも安心して病人を降ろしていける地がロードス島であったのだ。』
?塩野七生 『ロードス島攻防記』p.53より


そしていよいよフェリーはロードス島で、商業用に使われていた港に到着。ああ、ここがあ!!!!補填に送られた騎士もヴェネツィアの商船に乗ってたからこの港に入ったんだなあ。。。

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本当に城壁が海岸線に沿ってびっしり!


 
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この辺りはカスティーリアの持ち場。

海からは大砲による攻撃ができないのでこの辺りはマルティネンゴの設計した城壁ではありません。

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騎士団長の館。改築されて、イタリアの王様の別荘としても使われてました。


聖ヨハネ騎士団のメンバーは貴族出身でなければなりません。「青い血」が流れているといわれ、「キリストの蛇」と呼ばれた聖ヨハネ騎士団の騎士たち。対するスルタン・スレイマンもギリシャ語を話し、教養もずばぬけて高く、騎士団長のリラダンをして「彼こそまことの騎士である」といわせしめたとか。停戦の会談の場面は感動的です。

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騎士通り。この両側に母国語ごとに分かれた8つの軍団の館があります。

この海賊業が結構繁盛してたらしいです。敵と闘うことのみに存在理由をもつ騎士たちは怖いもの知らず。

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右側のはカレットの紋章が!ということはここはイタリア騎士館?

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100人は収容できたという病院。周りの小部屋は荷物置き場になっています。長旅の巡礼者達は荷物がたくさんあったので。

大砲の導入によって戦闘方法が大きく変わったコンスタンティーノープルの攻略から、中世の騎士の役割はどんどん地に落ちます。当時この病院の目的も、当時は聖地を守るという意味を失ってしまった騎士団の存在理由としてあったようです。

この部屋の片隅に、ファブリッツィオ・デル・カレットの墓標を見つけました。

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旧市街の建物はどれもこの砂色の石材でできていて、やさしい感じです。ロードス島の旧市街の特徴はこの中世からの街に今でも人が普通に暮らしていること。時代と共に住人はビザンティン帝国の人、トルコ人、ギリシャ人、と替わっていったのではあるけど。

聖ヨハネ騎士団はいまだにローマに本部があってコンドッティ通りに独立国として存在しています。そして今でも医療活動を続けています。赤字に変型十字のしるしをつけた病院や救急車があったらそれは聖ヨハネ騎士団なのです。

『コンスタンティノープルの陥落』

あれほど強大だったビザンティン帝国または東ローマ帝国がどんどん衰退して領土を縮小していって、15世紀に最後に残されたのがコンスタンティノープル。オスマン・トルコも今まで年貢を払うことで温存してくれてたのに、若いメフメット2世はそれが欲しくなっちゃったんですね。

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すぐ近くのボアジチ大学から見たルメリ・ヒサールの一部


『コンスタンチノープルの陥落』に詳しく書かれているルメリ・ヒサールの建築にまつわる話も実際にその場に行ってみるとその大きさや距離感の実感がわいてきます。ここはボスフォラス海峡の特に狭いところ。対岸にも要塞があって、通行税を一方的に決めたオスマン・トルコが許可なく通貨しようとする船に攻撃をしたところ。これが事実上のコンスタンチノープル攻略の始まりでした。

ここから大砲を撃っても命中率は低かったはず。でも大きなガレー船なんかは数うちゃあたったかも。しかも黒海から流れる潮流がけっこう速くて、ヴェネツィアやジェノバの熟練船乗りでないと、ここを航海するのはけっこうむずかしかったんだそうです。

『そのうちに、岸に近い大塔から発射される砲丸が、水柱を高くあげはじめた。こちらの船は、大砲を積んでいない。積んでいたとしても、走る船から地上に向けて、誰が照準を決められよう。商船にも必ず乗っている石弓兵たちも、働きようがないのであった。塔の下で大砲を操作するトルコ兵の姿はよく見えても、石弓の的には遠すぎる。ここはもう、逃げることしかできない。』
?塩野七生 『コンスタンティノープルの陥落』より p.78


ここを通過する当時の船はさぞ怖かったでしょう。

さて所かわって新市街側にあるガラタ地区は当時ジェノバの居留区だったところ。今でも塔が残っています。

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コンスタンティノープル側から見たガラタ地区とガラタ塔


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ガラタ塔から見た旧市街(コンスタンティノープル側)

よく見えるなあ。これなら中立を貫こうとしたジェノバ人が、絶対トルコ側に情報を流していたとビザンティン帝国側についたヴェネツィア人に言われてもしかたないなあ。

金角湾封鎖で両岸に鎖を渡してトルコの船が金角湾に入ってこれないようにしたのに(この橋のもう少し左のあたり)、オスマン・トルコの軍隊は丸太を敷いて船に陸を越えさせ、このガラタ地区のすぐ横を通って金角湾に船をすべりこませてしまったわけです。

そしてコンスタンティノープルが陥落したときに、逃げられたのは唯一ここから船に乗れた人でした。

『西洋の人々は、ビザンチン定刻の滅亡によってはじめて、古代ローマという母胎から切り離された痛みを感じたのであった。』
?塩野七生 『コンスタンティノープルの陥落』より p.252

ソト・アヤム

インドネシア料理のソト・アヤムをインドネシア人の知り合いに教えてもらいました。

1)まず鶏肉(骨付き)を水から茹で、スープをとります。

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2)その間にすり鉢で次の材料を全部たたいてすりつぶします。
   コリアンダー(粒) 小さじ1
   キャンドルナッツ(マカデミアナッツか生のカシューでも) 6個くらい
   こしょう(粒) 小さじ1
   生のターメリック 1片
   しょうが 1片
   ガランガル 1片
   レモングラス 少々
   にんにく 4?5個
   エシャロット 5?6個
   ライムリーフ 4?5枚

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とんとんたたいるうちに。。。


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ターメリックがいい色をだして、こうなります。


3)スープをとった鶏肉の胸肉や腿肉はそのままさいてもいいし、油で表面をカリッと焼いてから食べやすく切ります。

4)ビーフンを沸騰したお湯に入れ、火をとめて15分ほどおき、水気をきっておきます。

5)キャベツは千切り、チャイニーズセロリ、青葱はみじん切りに、もやしはひげ根をとっておきます。

6)ゆで卵をつくって切っておきます。

7)2)のペーストとレモングラス、ライムリーフを油で炒め、それをスープに入れます。塩で味をつけます。

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8)スープボウルにビーフン、5)の野菜、ゆで卵、3)の鶏肉、フライドオニオンをのせ、熱々のスープをかけます。好みでライムを搾ったり、すりつぶしたチリ(サンバル)やケチャップマニスという甘いソースを少し入れたりします。

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手がかかるけどヘルシーでおいしい!どんどん複雑な味にしましょう!

旧市街観光(2)

イスタンブールに来たら必ず誰もが訪れるトプカプ宮殿。この宮殿はコンスタンチノープルを制服したメフメット2世が1462年に築き、1839年まで歴代のスルタンたちの公式の住居でした。トプカプ宮殿をゆっくり見てたら半日くらいかかりますが、10時半くらいに着いたらもう9時ぴったりに入場したであろう日本人観光グループが門から出てきました。速っ!

中でも宝物殿は必見です。ダイヤモンドやエメラルドの大きさはイギリスの宝物館よりずっとすごい!世界で一番すごいんじゃないかしらん。そういえばもうすぐ東京でトプカプ宮殿の至宝展やるみたいです。

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でも一番好きなのはキッチン!

4000人も暮らしてたんだから、料理も大変そう。ここでトルコ料理が洗練されたんでしょう。あのお鍋はピラフを作ったのかなー。火加減とか難しそう!

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ハーレム(プライベートの意)の見学は別料金ですが、ガイドについていかなくても自由に見れるようになって、前よりしやすくなりました。ここに黒人の宦官、侍女、公式の妻たちが住んでいたんですねえ。宦官というのはあそこをちょん切った男たちなわけですが、出血を止めるために熱い蝋をかぶせたんですって。ショックで死んだ人もいたとか。

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皇帝の間?



次は旅行者が必ず行く旧市街の観光地、グランド・バザール。とにかく広い!客引きがちょっとうるさいけどお土産を買うにはたのしいところです。

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ランプ・シェード屋さん。


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エジプト・バザールは主に食料品を売っています。地元の人もスパイスなんかはここで買うんだそうです。


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エジプト・バザール付近のお店。トルコ料理はパプリカやハーブをたくさん使います。


旧市街にはハマム(トルコ風呂)もあります。最終日、学会が終わったばかりのDonちゃんはTM子さんオススメの、イスタンブールでも一番古いハマムに行ってきました。大理石でできた浴場で、まずあったかい台に寝て、おじさんに洗ってもらって、マッサージもしてもらって(でもあっという間に終わっちゃったらしい)、すっごく気持ちよかったとのことです。ちょっと高い40ユーロだったけど。

イスタンブールの旧市街は中世の町並みがそのまま残っているわけではありませんが、ローマ時代からビザンティン帝国、オスマン・トルコまでいろいろな時代が残した遺産にあふれています。

旧市街観光(1)

今回の目玉は10年ぶりにトルコ語学校で一緒だったTM子さんとの再会。あのときから10年イスタンブールに住んでいるTM子さんは、もともとクラスの中でもずばぬけてトルコ語が上手だったけど、今ではネイティブとまちがわれるほどのトルコ語を習熟していました。

TM子さんのおかげで、安くておいしいレストランで食事もできたし、知り合いのエジプト・バザールのS君のお店で買い物も効率よくでき、しかも大幅におまけしてもらえました。

私もTM子さんも塩野七生の大ファン。『コンスタンチノープルの陥落』を引き合いに出しながらの観光は本当にわくわくしました。

例えばアヤソフィア。ギリシャ正教の総本山として325年に建てられ、破壊、再建が繰り返され、537年に完成されました。

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鐘楼のかわりにミナレットが並ぶアヤソフィア。世界の教会の中でも4番目の大きさ。


オスマン・トルコの軍がいよいよ市内に押し寄せてくるときに、一般市民(主にギリシャ人)がこの中でお祈りしながら避難していたんですね。う?ん、怖かっただろうな。なんたってオスマン・トルコの兵は攻略後の略奪し放題だけを目的に戦ってるんですからね。結局ここに避難した人はみんな奴隷として売られてしまったわけだし。奴隷としての価値がない老人や乳幼児は殺されてしまったんですから。

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アヤソフィアは修復と維持作業がなかったら今は建っていないだろうといわれてます。それを聞いたら二階のたわんだ床を歩くのが怖くなりました。壁のところどころに見えるようにガラスが埋め込まれています。地震などの際、このガラスのどれが割れたかで、建物の傾き方を調べるためなんだそうです。

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オスマン・トルコの支配下でモスクに改装され、フレスR画も漆喰で塗りつぶされてしまったのが現在修復されています。

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アヤソフィアに対峙するように建つブルー・モスクと呼ばれるスルタンアフメット・ジャミイ。17C初頭にアフメット1世によって建てられました。内壁のタイルがとってもきれい。

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このすぐ近くに地下宮殿(6Cに建てられた貯水槽)があります。ローマ人ってすごいなあ。

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ローマ競馬場跡のオベリスクなどもある旧市街は一帯が世界遺産に指定されています。

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旧市街にあるチャイハネ。水タバコを吸う人たち。


観光に疲れたらすぐにチャイ。小さめのグラスに角砂糖を入れて。

イスタンブール ?10年前と比べてー

物価(特に食べ物)がものすごく上がったことは前に書きましたが、TM子さんによると、ホテルはけっこう安いそうです。値下げ競争をしすぎたんだとか。

イスタンブールは10年前と比べてビルが乱立するようになり、街もどんどん広がっていました(20年前までは今では高級ショッピング街になっているシシュリーのあたりに狼が出たというんだから驚きです)。景観がどんどん乱れていく反面、便利になって点ももちろん多いのです。まずでこぼこだった道がかなりきれいに舗装されていたこと!旧市街をトラムが走るようになっていたり、どんな乗り物にも乗れるプリペイド式のアクビルという日本のスイカみたいなシステムができていたりして、観光には便利になってました。

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旧市街から金角湾を渡ってカバタシュまでつながったトラム


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イスタンブールの銀座、イスティクラル通り。路面電車が走っています。これは前もあった。


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シシュリーからタクシム方面をつなぐケーブルカーも。イスタンブールは坂が多いのです。


アジア側に渡るボートもアクビルを使えば一律1.3リラ(約110円)。ドルムシュ(乗り合いタクシー)も1.3リラ。タクシーも安くて便利ですが、私は一度ぼったくられそうになりました。絶対譲らなかったけど。

都会ではどこでもそうだけど、交通渋滞はますます深刻化してました。

10年前は歩いていると、必ずといっていいほど若い男が「チンチョンチャン」と言って中国人(日本人も区別つかないから)をからかうような声を何度もかけられましたが、今回はそれは皆無。外国人観光客にも慣れたのかなあ。それより「イナモト?」と声をかけられたのがおかしかったです。日本人のサッカー選手がガラタサライで活躍してるらしいです。

TM子さんによると、スイソテルにフェネルバフチェのジーコ監督が泊まっていて、日本人の団体旅行客が同じホテルに泊まっているときに、ジーコ監督を訪ねてきた中田といるところを目撃したそうです。TM子さんの知り合いのエジプトバザールでお店をもっているトルコ人S君は日本語ぺらぺらで、イナモトともちょっとした知り合いだそう。お店にユニフォームがかざってありました。本人直々にもらったそうです。

サッカーのおかげで日本人サポーターが来るようになって、イスタンブールの人もうれしいみたいです。トルコのサッカーチームに詳しくなったらイスタンブールではきっとトルコ人と会話がはずみますよー。

トルコのお菓子

トルコはお菓子の種類もたっくさんあります。中でもナッツとはちみつをたくさん使ったうすーいパイ生地を層にしたバクラバは有名です。

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バクラバもトルコではピスタチオ入りだったりくるみ入りだったり、形もバリエーションがいろいろ。

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プディングの種類もたくさん。下の段の左の赤いソースはサワーチェリー。その隣のはアシュレ(別名ノアの箱舟プディング)という名前で、40種類の材料をいろいろ入れるのが正式だとか。ライスプディングは軽くてやさしい味でした。

そして驚愕のデザートが上の段の白いデザート。これに表面だけ軽く焦げ目をつけたものもあります。これを友達のYさんが食べて、何が材料かあててごらんと言われたんですが、とうとう最後までわかりませんでした。答えを聞いて私もDonちゃんも絶句!信じられない!これは今までで食べたものの中で一番衝撃的だったかも。。。そしてこの衝撃はみんなに経験してほしいのでここで答えは言いません。とにかくこんなものをデザートにしてしまうんだから、やはりトルコ料理、恐るべしです。しかもおいしいし。

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ふわふわっとした細く切った生地とナッツがベストマッチ。


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Donちゃんはもう興奮しまくってました。


あと有名なのはTurkish Delightという名前で知られているのはロクムというお菓子。これも中にナッツが入っているもの、チョコレート味、ローズウォーター入りのものなど、種類はいろいろ。創業1777年という看板もかかっている老舗はイスティクラール通りにあります。


Donちゃんはもちろんドンドルマという有名なトルコのアイスクリームも食べました。


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そして最後に私に隠れてこっそりここでピスタチオ入りチョコレートを(もうトルコリラがなかったのでYさんに買ってもらって)、帰りの飛行機の中で全部食べたのでした。

トルコのご飯

トルコ料理は今回行って、本当においしいと改めて思いました。10年前にレストランで修行させてもらったときもおいしいと思ったけど(そのレストランは今は違う人の手に渡っていましたが)、地元の友達に今回おいしいところばかり連れて行ってもらったからよけいに実感できました。でもここで私なんかが語るには、トルコ料理は奥が深すぎます。アナトリア地方や、黒海地方など、地方ごとにいろいろ特色があって全然違うんです。チーズの種類もものすごいし、スパイスもいろいろ使います。本当にまだ氷山の一角しか見ていません。

トルコ料理で私が一番好きなのはMeze(前菜)です。豆や野菜の煮込み、ズッキーニなどのフリッター、アーティチョーク、などなど。野菜がたっぷり。トマトは皮をむいてから刻んで入れることが多いです。でもTM子さんによると、トマトは比較的新しい素材で、伝統的なオスマン・トルコ料理にはトマトは使わないんだそうです。

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これはおしゃれなレストランで頼んだMezeをいろいろお皿にとったところ。左からズッキーニの揚げ物ヨーグルト添え(すごく軽くておいしい!)、隣のはアーティチョーク、上が鶏のアーモンド合え、下がパトルジャン・エズメスというローストしたなすのサラダ。

メインは魚や肉。肉といえば串に刺したシシュ・ケバブ。肉のかたまりをローストした外側からそぎおとして食べるドネル・ケバブは有名です。イスタンブールは魚市場もあって、すずきや鯛が並んでました。値段はちょっと高め。

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ピーマンやなすにひき肉を詰めたドルマス(詰めたものの意味)や、ぶどうの葉っぱで巻いたサルマス(巻いたものの意味)も有名です。

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キョフテは肉団子の料理。地方ごとにいろんな名前がついた味も形も全然違うキョフテがたくさんあります。アダナ・キョフてはスパイスが効いていて、串にそって長細く作ったキョフテ。スパイスが入っていないものはウルファ・キョフテ。TM子さんに連れて行ってもらったキョフテが有名なレストランではピスタチオ入りのを食べました。おいしかったー。

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たいがいピラフと一緒に出てきます。

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ピデというパンの上に載って出てくるものもあります。これにはトマトベースのソースと溶かしバターがかかっていて、おいしい!ヨーグルトが添えてあります。

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野菜を補給しようと思ったときに手軽に注文できるシェパード・サラダという意味のチョバン・サラタスはトマトときゅうりが主な材料です。左側のカップはアイランというちょっと塩が入ったヨーグルトの飲み物。ケバブやキョフテとすごくよく合います。そんなにしょっぱくはありません。

トルコ料理はオリーブオイルをたっぷり使うこと、さすが遊牧民族の末裔、チーズやヨーグルトなど、乳製品もたくさん使います。世界3大料理の一つトルコ料理。あまり知られていないのは、フランス料理などと比べて、土地に密着した料理だからではないかしら。トルコ以外では手に入りにくい素材が多いと思いました。

それから小麦粉を使った料理もすごくたくさんあって、マントゥというのはまさに中国語の饅頭からきている餃子の変形です。ここではすっかり小さいサイズになって、ヨーグルトをかけて食べます。ロシアにもありました。シルクロードを伝わってきたんでしょうね。

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パンの上にいろいろ具をのせたピデ、もっと薄いラフマージュン、中につぶして味付けしてあるじゃがいもやひき肉をはさむギョズレメなども人気です。このお店は10年前にも行ったことがあって、まだ健在でうれしかったです。

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今回トルコで一番驚いたのが食べ物の値段が上がっていたこと。ちょっとしたレストランは日本並の値段。でもTM子さんのおかげでまだ良心的な値段のおいしいレストランでたくさん食べることができました。TM子さん、ありがとう!

トルコの朝ごはん

Donちゃんがトルコのマルマリスである学会に招待されたので、私も連れて行ってもらいました。

初めはDonちゃんの友達のお家に泊めてもらいました。土曜日の早朝に着いたので、お家でお茶を飲んでから、ブランチに出発。ビュッフェのように食べたいものを好きなだけとれるお店に。

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トルコの朝ごはんゴージャス版


スタートがいきなりこれです。おいしすぎ。チーズは軽く10種類以上ありました。トルコ料理は朝からオリーブが欠かせません。日本の漬物ですね。トマト、きゅうり、ナスのサラダ、ヨーグルトのサラダ、オリーブオイルに漬けてある野菜、はちみつとクリーム、などなど。これにおいしいパンがついて、さらにシミットというゴマつきパンにチーズとトマトをはさんだものも。

こんな朝食はちょっとありえないんじゃないかと思ったら、トルコではオリーブ、チーズ、はちみつ、トマト、きゅうりを朝ごはんに食べるのは普通みたいです。次の日にアジア側にわたって食べたガーデン・レストランの朝食もこれまたすてきでした。でもこれは週末だからできたことで、Yさんは普段は朝食はヨーグルトだけだったりするそうです。

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天気もよくて最高!


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とりたてのきゅうりとトマトがおいしい!


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パンの種類もたくさん!ここのは手作りでした。


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地元でとれたきゅうりはほんとにおいしい!何本もまるかじりしました。

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ある日のカフェで食べた朝ごはん。私はSu Boerekというパイとチーズが層になったもの。Donちゃんはまたまたセットで。

トルコはさくらんぼのジャム、はちみつもおいしいです。

朝ごはんをこんなに食べた日はお昼をぬいて、晩御飯だけの一日2食でした。

後半私が10年ぶりに再会した日本人の友達TM子さんのお家に泊めてもらったときは、朝ごはんはポーチャというチーズ入りパンを食べました。これも大好き!しっとりふわっとした小ぶりのパン。ヨーグルトを入れて作るんだそうです。TM子さんはおいしいお店を知っていて、ポーチャにもうるさかったです。

あと一番よく食べられるのはシミットというごまつきパン。おじさんが道で売っています。

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TM子さんによると、昔はプレーンなものしかなかったのに、今ではチーズをはさんだり、チョコレートをはさんでアップグレードされたシミットも売ってるんだとか。

ちょっと酸っぱい味がするソーセージと目玉焼きを一緒に焼いたのも朝ごはんに食べました。

トルコは朝ごはんがすごいです。
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