2006年05月

タリン

タリンはエストニアの首都で、ヘルシンキからはフェリーで2時間程度の距離にある。タリンは13世紀の始め、ローマ教皇から征服してもいいよとお墨付きをもらったデンマークの王様がお城や教会を建てたのが始まりで、以後ハンザ同盟の商業都市として発達した。タリンには中世の町並みや城壁がみごとに残っており、第二次世界大戦でソ連にエストニア人が抵抗した報復に街の一部が空爆されたものの、町の形はきれいに保存されている。

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塔と塔の間を城壁がつないでいる


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路地を入ればこんな世界


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夕方になると広場にはろくそくが


博物館では中世から現代までの歴史がよくわかるように展示されていて、中でもエストニアがソ連から独立するために起こした革命のビデオはとてもよかった。

エストニアは最初はデンマークに、次はドイツの十字軍、続いてスウェーデン、1710年にはロシアに支配され、1918年にやっとエストニアとして独立するも1940年に再びソビエト支配となった。ほんとうに気の毒なことにエストニア語を話すエストニア人というのは常に召使や下働きの地位しか与えられなかったらしい(それが今でも複雑な劣等感として残っているらしい)。1987年ごろからナショナリズムが高まった。もともと歌が好きな民族が毎年野外コンサート場にものすごい数の人が集まって歌を歌っていたのだが、禁止されていたエストニア語で歌を歌い始めたのが本格的な革命の始まりとなり、ペレストロイカとも重なって、ついに自分たちの言語と自治を勝ち取った。Singing Revolution(歌う革命)と呼ばれるこの運動を通して1991年に正式に独立。エストニアは急速な勢いで発展している。前回エストニアに来た4年前と比べても、それは明らかだ。チャットでお世話になるSkypeというプログラムもエストニア人が開発した。K先生はこれを大変誇りにしているようで、Tartuにいたときも電話してくれればすむものを、わざわざSkypeしてくるのがおかしかった。

合唱で始まり、無血の平和的な革命をなしとげたエストニア人はプライドをとりもどしたようだ。それにしてもこの国の人の音楽好き、歌好きは特筆すべきものがある。

何年か前にTartuであったBiosemioticsの学会でも、お手伝いの学生さんたちが集まってたくさん歌を歌ってくれたし、裏庭で合唱している地元の人などを見かけた。今回タリンに滞在したときにふらっと立ち寄った合唱のコンサートも、若い女の子ばかりなのにものすごいレベルの高さだった。ただしTartu大学のM先生によると、以前タリンのカラオケもある唯一の日本料理レストランに学生を連れて行ったとき、みんなで歌うのは大好きなエストニアの学生も、一人で歌うカラオケは恥ずかしがって、アルコールが入ってようやくぼちぼちマイクを持ち始めたそうだ。旧市街をオレンジ色の服を着て歌を歌いながら練り歩いていたハーレクリシュナもエストニア人の気質にマッチしていると思わせられた。この国では若者がすることは何でもかわいらしく見えてしまうから不思議だ。パンク姿の少年少女も5人くらい固まっていると、エストニア・パンク全国集会かしら、と思わずほほえましくなる。(もっとも怖がられたくてトゲトゲのカッコウをしているパンクの若者にしては、「まあ、なんてほほえましい」なんて思われることほど屈辱的なことはないはずだが。)

タリンはシーズン前だというのに街のホテルはどこもいっぱいで予約をとるのも大変だったほど、観光地として人気が高まっているようだ。街はお土産屋さんがあふれているが、どれも素朴で品がいい。古い建物の一角で銀細工やガラス細工や木工品や、布製品を実際に作っていたりして、情緒があった。

エストニアの田舎(3) ビーバーの森

食事の後はぶらぶらとその辺りの森の中を散歩した。

と、突然ある一帯、細い木が軒並み切り倒されている。

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これはビーバーの仕業である。歯だけでこんなことをしてしまうのもすごいが、それにしても切り倒した後のこの丸太をどうやって湖まで運ぶのか、まったく不思議だ。ここから湖までは50mくらい離れている。

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ビーバーは木が倒れる方向をちゃんと見計らって作業を行うが、ときどき計算を誤って、途中であきらめるビーバーもいる。木にしてみれば「ちょっとお、どおしてくれんのよお?」というところだろう。

このほかにもスポンジのようなコケにおおわれて歩くとふわふわする湿地帯を歩いたり、食べられる野草の花を教えてもらったりした。

コーヒーを飲んで、途中いろいろなところを寄り道しながらまたゆっくりとTartuの街に帰った。

エストニアの田舎(2) ピクニック

さあ、お昼ご飯だ!

家の中の薪のストーブの上で、さっき農家でもらった卵をゆでたまごにする。ポーリッシュ・キャベツという白菜のような野菜とトマトときゅうりをざくざく切ってサラダを作る。お皿や飲み物を庭に運び出して、後は庭でさっきスーパーで買ってきたチキン(マリネされてるらしい)をバーベキューにするだけだ。

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仲良くゆで卵の殻をむく夫婦。(しかしこの直後K先生はもうがまんできない!という感じで湖に走って泳ぎに行ってしまった。そしてさあ、食べようという時に裸足で走って帰ってきた。)

お昼ごはんは、最高においしかった。自然の中で、散歩の後適度にお腹がすいたところで食べる食事ほど愉快でおいしいものはない。カリという飲み物を試してみた。Rootbeerに似ている。農家でもらった産みたての卵を薪のストーブで静かにゆでたゆでたまごは黄身がちゃんと真ん中にあってやや固めの半熟で絶妙においしかった。スーパーで買ってきたチキンをそのまま網にのっけてバーベキューしたものも、市販のドレッシングで作ったサラダも止まらないくらいおいしかった。その他2種類の黒パン、カテージチーズ、と素朴な、しかし私にしてみればなんとも贅沢な食事だった。デザートはKamaという穀類を粉末にしたものに、サワーミルクをかけ、好みでお砂糖もかけたもの。私はこれが大いに気に入ってしまった。スーパーで買っていこうかと思ったが、サワーミルクは手に入りそうもないのであきらめた。それに現地で食べたものというのはたいてい持ち帰って自分のうちで食べてもその時のような感動はよみがえらないものだ。きっとその土地の気温や湿度、空気や水、自然、一緒に食べるものなどなどの一部であってこそおいしいのだろう。


バーベキュー用の炭もお友達が作ったそうだ。エストニア人はある程度の年代の人なら生活に関して何でもできるらしい。この真ん中が火鉢になっているテーブルもK先生のお友達の手作り。テーブルの足は昔つかわれていたであろう荷車かなんかの車輪を4つ使ってある。仕事もできるようにとラップトップ用の引き出しつきなのがおかしい。

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夏は数週間?数ヶ月ずっとここで暮らしたりもするそうだ。こんなところで論文を書いたりしているなんてうらやましい。

この家のポーチもK先生自身が角材を組み立て、自分ひとりで作ったそうだ。フィンランドでスナフキンも言っていたが、ある年代の人たちは家ぐらい自分で建てられた(というか建てるしかなかった)そうだ。

エストニアの田舎(1)

Tartu大学の知り合いK先生と奥さんのTさん(植物学者で蘭の研究者)が、Tartuから90kmくらいのところにあるサマーハウスにつれていってくれた。Tさんはまだこの日授業があるのにそれを次の日に動かして(だから次の日は6時間教えることになってしまった)わざわざ一日明けてくれたようだ。ううっ、なんというおもてなし!

朝9時半に車で迎えに来てくれた。いいお天気。到着間際に村のスーパーで食事の材料を買った。サマーハウスは国立公園の中にある。隣の農家(といってもかなり離れている)で卵をわけてもらう。

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これがサマーハウス!冬は雪で道がなくなってしまうので来れなくなるそう。


15年前にどんどん価値が下がり続けるルーブルを使ってしまうために買った農家だそうだ。まずはストーブに火をおこす。電気はとおっているがストーブはこの昔ながらの薪を使うタイプ。水は井戸からくみ上げてタンクにためておく。蛇口から水が出なくなったらまたポンプでくみ上げる。

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家の中の暖房の役割も果たすストーブ


お湯は電気でわかして外でティータイム。

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スーパーで買ったお菓子と。


小屋はいくつもあって、半分地中に埋まった蔵や、家畜小屋(今は動物はいない)、納屋、今でも使っている200年くらいたっているサウナなど、昔の農家そのままだ。

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これがサウナ!熱々になるまで4時間くらいかかるそう。もちろん薪で。


すぐ裏には小さい湖まである。サウナで温まったらこの湖に飛び込むのがならわしだ。

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この湖は冬はもちろん凍ってしまうし、水温もこの時期それほど高くない。しかしK先生はもうがまんできない?!という感じで、昼ごはんの仕度を手伝ったあと、湖でひと泳ぎしに走って行った。タフ!!

エストニア人というのは自然をとても愛する民族だ。ソビエト統治下にあった時代、嫌気がさして森に入ってそこで暮らしたエストニア人はフォーレスト・ブラザーズと呼ばれている。そんなエストニア人にとって、隣の家はまったく見えない、こういう自然の中で暮らすことはまさに果報につきることらしい。

Tartu大学での講義

ヘルシンキの後はこれもBiosemioticsの知り合いのいるエストニアへ行った。Tartuという街にある大学でDonちゃんはセミナーを2回、私も主に日本語を勉強している学生向けにレクチャーをした。トピックは初心者でも楽しめるようにということで、日本語のオノマトペ表現について。このために日本のおせんべやクッキーを手提げ紙袋いっぱいに買ってもって行った。実際に学生が食べたり、パッケージに書いてある表現を見たりして、「ふわふわ」や「さくっ」という表現を体験してもらうためだ。

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この右端の学生は、日本人の先生が講義に来るということでわざわざ詰め襟を(なぜ?どこで手に入れたの!?)を着て来てくれたらしい。みんなで「ばりばり」と「ぱりぱり」の違いや「さくっ」と「さくさく」の違いなどを食べながら学んでもらった。とても好評だったようでうれしい。

このTartu大学では日本人のM先生が一人で3年生まで日本語を教えている。エストニアには日本企業も入っていないし、日本語を使うチャンスはめったにないのに登録数は全体で80人ほどだそうだ。これには驚いた。日本語の需要ということについては改めて考えさせられた。

講義の後わざわざ私のところに来て、流暢な日本語で日本に留学したいと語ってくれたNちゃんはまだ大学1年生だが、独学で日本語を勉強してもう上級並みの日本語だ。

この後M先生に夕飯をご馳走になってゆっくりお話できたのも本当に楽しかった。M先生はもうエストニア語がネイティブのようにぺらぺらで、エストニアのこともいろいろ教えていただいた。こんな風に現地の人たちと交流ができる機会はただの旅行ではなかなか味わえない。本当に楽しいTartu滞在となった。

テンペレ

ヘルシンキから電車で2時間ほど行くとテンペレという街がある。両側を湖に挟まれたこの街にはBiosemioticsの学会で知り合ってもう5年になる友達、通称スナフキンがいる。ヘルシンキまで来ると行ったらテンペレにおいでというので行ってきた。

さあ、何はともあれまずお昼だ。ローカルな食べ物を食べたいといったらスナフキンは駅の近くの広場に連れて行ってくれた。

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いろいろ屋台がならんで食べ物を売っている。


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この辺の湖でとれるムイクという小魚、それにいわしの揚げたのに自分の好きなじゃがいもとサラダをつけてくれる。ソースはガーリック風味かディル風味のマヨネーズ。トナカイの肉入りスープはクリーム味。ヨーロッパはどこでもじゃがいもがとってもおいしい。トマトはスペインから来てるらしいがこれもちゃんとトマトの味がする(アメリカもシンガポールもトマトはもう全然トマトの味がしないので食べるのが無駄なような気がしてきている)。

こういうところで食べるのは実に楽しい。屋台のおばちゃんは、シンガポールから来たこの客人が料理をどう思ったかスナフキンに聞いたらしい。からっぽになったお皿を見せたらとてもうれしそうだった。


実はこの街で私が一番見たかったものはムーミン博物館なのだ。そのことはスナフキンにも前々から言っておいたので、ぶらぶらと散歩がてら街の中心地に向かう。ムーミン博物館は図書館の地下にある。

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ムーミンは日本のアニメではお子様向けだが、原作はとってもシュールで奥が深く、トーべ・ヤンセンはきのこでも食べて幻覚を見ていたんじゃないかと思わせるほどところどころぶっ飛んでいる。キャラクターも日本のアニメのようにわかりやすくいい人悪い人ではなく、ノンノン(原作の訳ではスノークのお嬢さん)はちょっとばかだったりするし、ムーミンパパなんかはとんでもない思いつきで家族を無謀な意味のない環境においたりして無責任きわまりない(このことをテンペレのスナフキンに言うと、それは典型的なこの国の父親像なんだそうだ)。ただしスナフキンだけは原作でも世捨て人のような賢者でかっこいいし、ムーミンは心から慕っている。ムーミンママの本当の良さは原作を読まないとわからないはずだ。だからムーミンはすべての本を原作をぜひ読んでいただきたい。

博物館はトーべ・ヤンセンの妹だかがムーミンをコミックにしたものの原画などが数多く展示され、本の挿絵の芸術性の高さも大人が十分堪能できる。登場人物の名前も言語によって訳し方がだいぶちがっておもしろかった。ちなみにトーべ・ヤンセンは原作をスウェーデン語で書いている。

博物館の後もスナフキンはこの小さな街を一日中車で案内してくれた。小さな街だがスナフキンはこの街はちょうどいい大きさだという。東京とニューヨーク出身の私たちにとってはつまらなくないのかと思うところだが、昔の古い工場や、小高い丘の小さい塔や、湖に挟まれて街で一番狭くなっている地域などを楽しそうに案内してくれるスナフキンがうらやましくもあった。

スナフキンとDonちゃんはこの日特にBiosemioticsについては何も話さなかった。学会ではお互いに認め合わず、バシバシ批判するし、5年たっても歩み寄る気配もないが、外では気さくな友達というのは全く素敵だ。Biosemioticsの人たちはこういう人が本当に多い。スナフキンには夕食まで付き合ってもらった。バイキングをテーマにしたレストランだったがなかなかおいしかった。

最後に特筆すべきなのは、フィンランドの列車のすばらしさ。自転車置き場、車椅子でも利用可能なトイレから、グループ用個室、アレルギー患者用のコンパートメントもあり、自前のヘッドフォンを接続すれば音楽も聴ける。こんな列車でフィンランドのずーっと北の方に行ったらさぞかし楽しいだろう。

ヘルシンキ

1週間ほどフィンランドのヘルシンキに行ってきた。

湖の氷のついこの間溶けたばかりというフィンランドはまだ春浅く、雨でも降った日は気温7度なんていう日もあったが、晴れていればみんな外に繰り出して10時になってもまだ明るいこの時期を満喫している。しかしシンガポールに2年も住んで、すっかり寒さに弱くなってしまった私はダウンジャケットを着こんでふるえている始末だ。

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寒くないんですかっ?!あなたたちっ!?


ヘルシンキについては一度ペテルスブルグとエストニアに行くときに泊まったことがあったが、シベリウスとフィンランディアと、ムーミンの作者トーべ・ヤンセンくらいしか知らなかった。スウェーデン語とフィン語のバイリンガルの街ということも知らなかった。

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ヘルシンキ大聖堂


街はこじゃれていて、さすがデザインの国、買い物に走りたくなったが、このブログの読者の最大の関心はもちろん「何を食べたか」だろうから、とりあえずその報告をしよう。

特においしかったのは、ラップランドの食材、トナカイやイノシシの肉料理、湖でとれるムイクという小魚など。つけあわせのじゃがいももおいしい。肉料理には必ずといってよいほどベリー類のコンポートのようなジャムのようなものがついて来る。

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レストランはどこものきなみオントレーが20ユーロほどでシンガポールドルに換算すると大変な贅沢をすることになるが、フィンランドが高い、ベトナムが安い、などと自国の通貨に常に換算するのは品がないし、その国の人に失礼なので気にせず好きなものを食べた。ヘルシンキのレストランはどこもレベルが高かった。特にロシア料理は秀逸だった。ロシア料理は本当にもっと評価されるべきだと思う。特にサワークリーム、とかしバター、酢の3種類のソースにつけて食べるミニ水餃子のような料理は一口一口うなるほどおいしかった。ただフィンランド人とエストニア人の友人にはロシアに対する感情を考慮してこのことは言わなかった。

モロヘイヤ

マーケットでモロヘイヤを見つけました。

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日本ではすごくブームになって最近の料理の本にはよく出てくる素材なのに、実は私は食べたことがありませんでした。実家じゃそんな新しいしゃれた野菜は買わないし、アメリカじゃ見かけなかったし。

昨日市場に行ったら、おいしそうな葉っぱを売ってるので近所のスーザンさんに、これ何?と聞いたらslipply leafというではありませんか。なんかねばねばした葉っぱらしい。ねばねば?もしかして。。。家に帰ってインターネットで調べたらやっぱりこれはモロヘイヤだ。ああ!見つけた!やっと会えたのねー、うわさのモロヘイヤ。もう10年くらい、あなたのうわさは聞いていたのよ。

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さっとゆでて、ツナと醤油で合えました。


この野菜、100gで牛乳の5倍くらいカルシウムもあるし、カロチンもビタミンの含有量もずばぬけて優れているそうですね。味はベトナムで食べたモーニンググローリー(朝顔?でも日本の朝顔とはちがうみたい)の葉っぱに似てる。日本に帰ったら家でも作って強制的に食べさせようと思います。

黄ニラの春巻き

揚げ物よ!みなさん。

先日の黄ニラのスパゲティで使って、あまった黄ニラと、冷蔵庫でひたすら眠っていたかろうじてまだ食べられる春巻きの皮を使って春巻きにしました。

黄ニラの春巻き

1.黄ニラは3?4cmに切る。
2.えのきは半分の長さに切って、ほぐしておく。
3.ハムはせん切りにする。
4.春巻きの皮で包んで揚げるだけ!

なんといっても具に味もつけないし、火も通さなくていいので超簡単!さ、例によって油の心配はしないで、さっさと作って揚げてしまうがいいでしょう。

一番小さいサイズの春巻きの皮か、大判の春巻きの皮を4等分して、小さめにつくるといいと思います(ただし普通サイズを4等分すると小さすぎて巻けなくなるので注意)。なぜかというと、ニラもえのきも噛み切るのはけっこう大変だから!

これは山椒塩(おいしい塩に山椒をぱっぱとふったもの)をつけて食べてみてくださいね。黄ニラならではの軽い春巻きですよ?。

苦瓜のそうめんチャンプルー

苦味のマイルドな苦瓜をみつけてから、すっかり苦瓜にはまってしまいましたわ。
ときどきむしょうに苦瓜が食べたくなるから不思議です。
今日はそうめんチャンプルー。そうめんのかわりにひやむぎを使いました。炒めるならひやむぎの方が作りやすいような気がします。

苦瓜のそうめんチャンプルー

1.苦瓜は種とワタをとって4mmくらいの薄切りにして、塩もみして洗って水気をしきっておきます。
2.そうめん(またはひやむぎ)はやや硬めにゆでて、水でもみ洗いしたらよく水気をきって、サラダ油をまぶしておきます。
3.フライパンに苦瓜を痛め、卵も入れて炒め、そうめんを入れて、塩コショウ、しょうゆ少々で味付けします。かつお節も最後に入れてざっとまぜます。

食べるときは七味唐辛子があいます。私は冷蔵庫にちょっと残ってたベーコンも入れてしまいました。

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このほのかな苦味にはまればあなたも苦瓜のとりこ。


苦瓜は加熱してもビタミンが壊れにくいのですって。
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